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2週連続の京成ツアーは、京成電車大集合! スカイライナー車両で行く! 宗吾車両基地見学ツアー

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  2021/6/3
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京成トラベルサービスは、京成電鉄の後援で、2021年5月29日(土曜日)に2週連続のツアーとなる「京成電車大集合! スカイライナー車両で行く! 宗吾車両基地見学ツアー」(以下、「宗吾車両基地見学ツアー」)を開催した。

京成上野から2代目AE形に乗り、宗吾車両基地到着後は京成電鉄の現役全車種せいぞろいの撮影などを楽しむものである。もちろん、万全盤石の感染防止対策を行ない、参加者らは約2時間30分のミニトリップを楽しんだ。

この春、3回目のツアー開催

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東京オリンピックのラッピングが施された2代目AE形第8編成。

この1か月のあいだ、京成トラベルサービス主催、京成電鉄後援のツアーは、今回も含め3回開催している(参考までに、双方とも千葉県に本社がある)。このような御時世の中、「すごい」「神ってる」のふたことに尽きる。以前、京成電鉄広報が「少しでも皆様に明るい気持ちになっていただけたら、という想いでおります」と述べており、今はつかの間ながら、“「非日常」という名の楽しい時間”を参加者などと共有したいと考えているようだ。

今回の「宗吾車両基地見学ツアー」は、定員を176人に設定し、募集したところ、2回の京成線ミステリーツアーを大きく上回る825人が応募。抽選の末、174人(大人162人、子供12人)が当選した。倍率は約4.7倍。

8時52分、1番線に2代目AE形が入線。都心と成田国際空港を結ぶ車両にピッタリな東京オリンピックのラッピングが施されており、参加者を宗吾車両基地に案内する大役を担う。

「ゴールデンウィーク 京成線ミステリーツアー」と同様、1・2番線に2代目AE形のそろい踏みが2回あり、「宗吾車両基地見学ツアー」は定刻通り9時07分に発車。今回は青砥、京成佐倉、宗吾参道で運転停車するものの、宗吾車両基地の入庫までひたすら本線を走るので、〈シティライナー〉(京成上野―京成成田間の不定期列車)に乗った気分の参加者もいるだろう。

車内でビンゴ大会を開催

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スカイライナーBOXと5種類のお菓子。
客室のLCD式旅客情報案内装置では、終点まで前面展望映像が流れ、“全席展望席”。〈スカイライナー〉では一部区間のみ放映されるので、まさに大盤振る舞いのサービスといえよう。実際に眺めると、京成津田沼までカーブが多い。100km/h走行も厳しい状況だが、参加者はのんびりリクライニングシートの旅を楽しんでいると思う。

町屋を通過すると、参加者にスカイライナーBOX入りのお菓子詰め合わせが配布される。新型コロナウイルス感染防止対策の一環として、車内での飲食は水分補給を除き御遠慮願っているので、“帰宅してからのお楽しみ”である。

9時40分、京成津田沼を通過すると、右へ曲がる。直線が多くなり、スピードが上がってゆく。前週の京成線ミステリーツアーの終点となった八千代台を通過すると、車内ビンゴ大会が行なわれる。

京成トラベルサービスが車内放送で、最初にど真ん中の穴をあけるよう案内したあと、57、38、29、66、35、72、17、63、49、12、61、33、55、43、25の数字を読み上げる。すると、私が取材した7号車では、小学生の男子児童が真ん中の横1列に穴が開き、景品獲得の権利を得た(景品は宗吾車両基地でGET)。しかも15の数字中、ど真ん中を含め8つ的中し、勝率5割3分3厘。

ちなみに、男子児童は宗吾車両基地到着後、“大物ぶり”を発揮し、メディアを驚かせた。これについてはのちほど。

洗車体験

洗車は1両あたり約20秒行なう。
京成酒々井(けいせいしすい)を通過すると、進行方向右側に宗吾車両基地が見え、3400形が洗車していた。

ポイントを渡り、10時03分、宗吾参道1番線に到着。ここで進行方向と座席の向きを変え、10時07分に発車。宗吾車両基地に入る。一旦停止を繰り返しつつ、3分後には8号車から洗車が始まる。自動車では自分で手洗いするか、ガソリンスタンドなどで洗車の様子を眺めるだけだが、鉄道のツアーに参加すると、車内からドキドキ感、ワクワク感が味わえる。

そこを抜けたあと、進行方向が2回変わり、10時25分、宗吾車両基地内のホームに到着した。ホーム有効長が8両分もなく、新型コロナウイルス感染防止対策の観点もあり、参加者とメディアらが段階的に下車した。

大役を担った2代目AE形は、そのまま留置され、撮影会のモデル、3歳以上小学生以下の希望者を対象とした「スカイライナー車内放送体験」を実施する。

後者は台本を用意し、子供が放送するもので、先ほどのビンゴ大会で景品獲得の権利を得た男子児童が参加していた。すると、思わぬ展開に。

「この電車は、京成〈スカイライナー〉、東急目黒線直通、西小山行きです。途中停車駅は、空港第2ビル、青砥、青砥からワープして武蔵小杉、大岡山、終点西小山に停まります」

台本を無視(?!)して、あどりぶをかましていた。なかなかの大物である。現実の世界では線路の幅が異なるため、新線建設やフリーゲージトレインが実用化しない限り、“夢のまた夢”となりそうだ。

いよいよ、お待ちかねの展示車両の紹介といこう。

現役車両 3500形

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本線では8両、金町線では4両で運転されている。
1972年に登場。京成電鉄の通勤形電車では初めて冷房装置が搭載された。車体はセミステンレス車で、のちにオールステンレスに変更されている。

1996年から2001年まで更新工事が行なわれ、フェイスデザインの変更、スカート(排障器)の設置、客室のリニューアルなどが実施された。現在は4両車のみ12編成48両が在籍している。

現役車両 3400形

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初代AE形の機器類を活用した車体更新車。
1993年に登場した通勤形電車。車体こそ新製ながら、台車や制御装置などは初代AE形を活用したため、改造車という名目である。京成電鉄の現役車両では唯一の鋼製車体で、8両車のみ4編成32両が在籍している。

現役車両 3600形

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3600形はリバイバルカラーが展示された。
京成電鉄初のオールステンレス車両として、1982年に登場。初代AE形以来となる界磁チョッパ制御(旧式の省エネ車両)で、運転台も両手操作式のワンハンドルマスコンである。また、当時はファイヤーオレンジの帯を巻いていた。のちにエクステリアのカラーリングが変更されたほか、一部車両はVVVFインバータ制御に換装された。

現在、6両車と4両車が各1編成在籍し、わずか10両の少数車となった。

現役車両 3700形

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3700形は前期車を展示。
北総開発鉄道(現・北総鉄道)京成高砂―新鎌ヶ谷間の開業に伴い、1990年に登場。京成電鉄の車両では初めて前面が左右非対称となり、運転台を広くとることで、運転士の視認性向上を図った。また、通勤形電車では初めてのVVVFインバータ制御(現代の省エネ車両)である。

増備途中で前面デザインの変更、冷房容量の見直しなどのマイナーチェンジが図られた。2002年まで増備が続けられ、6両車2編成、8両車11編成の計13編成100両が在籍する。ちなみに車両番号は、1編成目が3701~3708、2編成目が3711~3718としたため、11編成目以降は3800となった。

現役車両 2代目3000形

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21世紀生まれの通勤形電車ではベーシックな存在。
2002年に登場した通勤形電車の主力車両で、2019年まで17年にわたり増備された。8両車13編成、6両車29編成の計278両が在籍している。通勤形電車ではもっとも運転台を広くとり、貫通扉を左端に配した。また、車両番号の付番方法を見直し、3001-1、3001-2といった具合に、「編成番号-第x車両」(6両車は4・5がない)の組み合わせとなり、以降の新型車両にも踏襲されている。

当初、旅客情報案内装置は3色LED式だったが、増備途中でLCDに変更された。

なお、今回の宗吾車両基地見学ツアーでは、サプライズとして中央の3600形を除き、列車番号の表示器に「20」「21」「05」「29」と日付が表示された。

現役車両 2代目3050形、2代目3100形

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左が2代目3050形、右が2代目3100形。
いずれも成田空港線のアクセス特急用として登場した。

まず、2代目3050形は2009年に登場し、8両車のみ6編成48両が投入された。最高設計速度は130km/h、運転最高速度は120km/hという、京成電鉄の通勤形電車初のハイスピード車両である。当初、エクステリアのカラーリングはスカイブルーであった。インテリアデザインも配色の変更、旅客情報案内装置に15インチのLCDを採用している。

2代目3100形は2019年に登場。8両車のみ4編成32両が投入された。京成上野・京成高砂―成田空港間は本線経由と成田空港線経由の2通りになり、誤乗防止対策の一環として、エクステリアのカラーリングはアクセス特急の列車種別色であるオレンジを基調とした。詳細については「2か月連続!! 京成線ミステリーツアー」を御参照いただきたい。

これに伴い、2代目3050形のカラーリングが変更されることになり、引き続きアクセス特急に使われる編成をオレンジ、本線用にコンバートされる編成を2代目3000形と同じブルーとピンクになった。

なお、アクセス特急は京浜急行電鉄の車両でも運転されている。

現役車両 2代目AE形

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京成電鉄の車両づくりのポリシー「堅実さ」「実用性」加え、「デザイン」を採り入れた傑作。
2009年に登場した現行〈スカイライナー〉車両。ファッションデザイナーの山本寛斎氏が唯一手掛けた鉄道車両で、2019年まで9編成72両が投入された。テレビのCMでは「JAPAN SPEED」というキャッチコピーで、大手私鉄初の160km/h運転を大いにアピールした。また、ワンハンドルマスコンは初めて左手操作式、車体はアルミを採り入れた。

2010年7月17日(土曜日)の成田空港線開業に伴いデビュー。経路変更も相まって、日暮里―空港第2ビル間の所要時間は最速51分から36分に短縮。2011年には鉄道友の会ブルーリボン賞を受賞した。

なお、詳細は「ゴールデンウィーク 京成線ミステリーツアー」を御参照いただきたい。

保存車両 初代AE形

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日本の私鉄では初めて、特急料金不要の特急の上をゆく“有料超特急”が新設された。
1972年、新東京国際空港(現・成田国際空港)の開港予定に向けて登場した京成電鉄初の有料車両。「AE」はAirport Expressの略である。当時、6両編成で、座席は転換クロスシート。カラーリングはマルーンとクリームを組み合わせた。また、京成電鉄の車両では初めて、冷房、界磁チョッパ制御、両手操作式のワンハンドルマスコンを採り入れた。

ところが、諸事情で開港が大幅に遅れてしまい、1973年に京成上野―京成成田間の有料臨時特急として暫定的なスタートを切った。1974年には京成電鉄の車両では初めて鉄道友の会ブルーリボン賞を受賞した。

その後、7編成が出そろい、〈スカイライナー〉として本格的な運用を開始したのは、開港翌日の1978年5月21日(日曜日)からである。以来、初代AE形は京成電鉄の看板車両として君臨する。

1983年にはカラーリングがアイボリーとブルーをベースに、レッドの帯に巻いたものに一新。その後、客室もリクライニングシートに取り換えるなどのリニューアルが実施された。

1990年には2編成10両を増結用に転用し、8両編成化。このとき、余剰の先頭車2両が廃車された。その後、AE100形の台頭もあり、1993年6月27日(日曜日)、21年の歴史に幕を閉じた。

引退後、AE61を静態保存。ただし、機器類を3400形に転用したため、仮台車を履いている。

保存車両 AE100形

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ヘッドライト(前部標識灯)は、昭和の自動車で見られたリトラクタブル式(点灯時を除き露出しない構造)を採用。
1990年に登場。〈スカイライナー〉の輸送力増強に向け、8両編成化したほか、1991年3月19日(火曜日)の新東京国際空港第1旅客ターミナル直下の地下駅(現在の成田空港駅)乗り入れに備え、イメージアップとサービスの向上を図った。制御装置もVVVFインバータ制御を採用し、以降、京成電鉄の標準となる。1993年まで7編成56両を投入し、初代AE形を置き換えた。

先頭車は流線形で、都営浅草線の直通運転を視野に入れ、先頭車に貫通扉を設けた。実際に直通運転は実現したが、西馬込車両検修場でのイベント展示に伴う回送運転にとどまった。

時代が21世紀に入ると、バリアフリー化などのリニューアルを実施。2010年7月17日(土曜日)の成田空港線開業に伴い、〈スカイライナー〉の運用を2代目AE形に譲り、新設の〈シティライナー〉にコンバートされた。

当初は京成上野―京成成田・成田空港間で7往復運転され、一部は〈スカイライナー〉の補完も兼ねていたが、2011年9月10日(土曜日)より京成上野―京成成田間2往復の運転に見直した。2014年11月8日(土曜日)のダイヤ改正で、2往復のまま土休のみ運転に縮小された。

2015年12月5日(土曜日)のダイヤ改正で定期運用がなくなり、2016年2月28日(日曜日)、26年の歴史に幕を閉じた。引退後、AE161が静態保存されている。

保存車両 初代3000形

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相互直通運転の関係上、通勤形電車の車両形式は千の位を「3」に統一。
都営浅草線や京浜急行電鉄との相互直通運転に備え、1958年に登場した。当時、カラーリングは青電で、軌間(線路の幅)は1372ミリだったが、相互直通運転先が1435ミリのため、1959年10月9日から12月1日までのあいだに改軌(線路の幅を変えること)を実施。列車の運休もなく、工事を進めたのは特筆に値する。

台車を履き替えたあと、カラーリングはモーンアイボリーとファイアーオレンジをベースに、ステンレス帯の枠内にミスティラベンダを配色した赤電に変更され、1960年12月4日より都営浅草線との相互直通運転を開始。1968年6月21日から京浜急行電鉄にも乗り入れた。

1977年に更新工事が実施されたのち、1991年3月31日(日曜日)、33年の歴史に幕を閉じた。引退後、モハ3004がこの地で静態保存されている。

保存車両 モハ200形

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卒寿を迎えたモハ200形。
1931年、本線青砥―日暮里間の延伸開業に備えて登場した17メートル車で、10両新製された。当時、車体は半鋼製車でカラーリングもグリーンをベースにホワイトの帯を巻いた。

その後、ダークグリーンとライトグリーンの組み合わせに変更され、「青電」の名で親しまれた。

1965年に更新工事が実施され、車体を全鋼製車化、主電動機のパワーアップを実施し、現在の姿に変身。1976年から1978年にかけて、10両中9両が新京成電鉄に活躍の場を移す。

京成電鉄の車両としては1978年に引退した。また、移籍車も1990年7月29日(日曜日)をもって、通算59年にわたる活躍に終止符を打った。新京成電鉄で幕をおろしたモハ204は、京成電鉄に里帰りし、この地で静態保存された。

このほか、27-MCB-2型台車も静態保存されている。

【取材協力:京成電鉄、京成トラベルサービス】
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『Yahoo! セカンドライフ』(ヤフー刊)の選抜サポーターに抜擢され、2007年にライターデビュー。以降、フリーのレイルウェイ・ライターとして、...
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