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スカイライナー&ヘッドマーク車両で行く! 船橋~千葉開業100周年の旅

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  2021/7/21
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京成電鉄の船橋(現・京成船橋)―千葉(現・千葉中央)間が1921年7月17日(日曜日)に開業してから、2021年7月17日(土曜日)で100周年を迎えた。それを記念し、京成トラベルサービス主催、京成電鉄後援のツアーが京成上野―千葉中央―京成船橋間で行なわれた。ほぼ半日ながら、盛りだくさんの内容に参加者は“満腹”であった。

まずは2代目AE形に乗って千葉中央へ

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2代目AE形の“ツアーライナー”も板についた。
新型コロナウイルスの影響で、〈スカイライナー〉の一部運休が長期化する中、看板車両の2代目AE形は“ツアーライナー”という、新たな活路を切り拓いた。この日も本線京成上野1・2番線では、2代目AE形2度のそろい踏みが“お約束”と化す。ちなみに1番線はツアー、2番線は定期列車が入線する。

この日、ツアー参加者は大人122人、子供23人の計145人を予定していたが、都合により9人がキャンセル。大人115人、子供21人の計136人プラス関係者、メディア数人の陣容で、9時07分に発車。車内の旅客情報案内装置は、前面展望の“生中継映像”が流れる。

地下を抜け出すと、JR東日本をまたぐ。おそらく1~6号車は、特急〈ときわ62号〉品川行きと立体交差したのではないだろうか。この近辺で撮影した人にとっては、“おいしい思い”をしただろう。

新三河島付近で、“KENTY SKYLINER”(〈スカイライナー4号〉京成上野行き)とすれ違う。Sexy Zoneの中島健人が〈スカイライナー〉のイメージキャラクターを務めており、「京成王子」に扮している。それをモチーフにした特別装飾編成がこの日より運行開始したのだ。〈スカイライナー〉運行時に限り、特別収録の車内自動放送が流れるという。

開業100周年エリアへ

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2代目AE形、3か月ぶりの千葉線。
9時35分、京成船橋を通過し、“開業100周年エリア”に入る。9時40分に京成津田沼を通過すると、まっすぐ進み千葉線へ。本線は右、左へ曲がり、千葉線と立体交差する。京成電鉄の見どころのひとつとして、自社線、他社線とも、地上の立体交差が多い。特に他社線と立体交差するところのほとんどが上をゆくので、“あとから開業した路線”であることがうかがえる。

JR東日本総武本線と合流し、しばらく並走。以前開催されたミステリーツアーではないこと、天気がP-KANということもあり、沿線や駅ではレールファンの姿が多い。熱中症に気をつけながらの撮影日和と化す。

京成稲毛付近の踏切で、安全確認による徐行運転というアクシデントに見舞われたが、定刻通り9時54分、千葉中央1番線に到着。2代目AE形の乗車はここまで。3分停車したのち、回送として京成津田沼方面へ折り返した。ほどなく、ちはら台寄りの引上線から、新京成電鉄8800形「新京成ピンクリボントレイン」の各駅停車松戸行きが入線した。

講演

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田中日出明駅長による講演。
千葉中央で下車し、駅直結の京成ホテルミラマーレ6階のローズルームへ。テーブルとスクリーンが用意され、まるで記者会見か豪華な講義のような雰囲気に包まれる。

10時10分になり、ローズルームでは田中日出明駅長の登壇による講演、吉野泰宏施設部長のスライドショーによる講演が行なわれた。田中駅長が京成電鉄や千葉線の生い立ちを述べたあと、吉野部長がくわしく解説する。

これらをまとめると、京成電鉄は1909年6月30日(水曜日)に「京成電気軌道」として創立。東京府(現・東京都)から成田山への参詣客を運ぶ目的があった。

3年後の1912年11月3日(日曜日)、1期線として押上―市川(現・江戸川)間、曲金(まがりかね)(現・京成高砂)―柴又間、計11.5キロが開業した。当時は東京府エリアのみの開業であったが、路線を千葉県へ延ばすべく、1914年3月から江戸川橋梁(当時の全長は226メートル、単線)の架橋工事にとりかかると、わずか5か月後の8月30日(日曜日)に市川改め江戸川―市川(現・市川真間)間が開業した。

その後、東へ徐々に進むも、計画変更が生じ、京成成田方面よりも先に千葉へ向かう路線を建設することになり、船橋―千葉間が1921年7月17日(日曜日)に開業した。このため、京成津田沼から千葉線へは直線、のちに延伸開業された本線は右へ曲がる構造となった。

当初の計画通り、京成成田に到達したのは1930年4月25日(金曜日)である。その後、青砥から西への建設が進められ、1931年12月19日(土曜日)に日暮里―青砥間、1933年12月10日(日曜日)に上野公園(現・京成上野)―日暮里間が開業。戦後の新線開業などを除き、創立から24年で路線網が整備された。

船橋―千葉間の概要

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現在、千葉線の日中は京成車と新京成車の交互運転である(写真は京成車)。
船橋―千葉間が1921年7月17日(日曜日)に開業した当時、途中駅は大神宮下、谷津海岸(現・谷津)、津田沼(現・京成津田沼)、幕張(現・京成幕張)、検見川、稲毛(現・京成稲毛)の6駅。その後、6駅が新設された。

千葉線京成津田沼―千葉中央間に絞ると、全10駅中、開業時の駅名が使われているのは京成幕張本郷、検見川、新千葉のみ。ほかの7駅は改称歴がある。下記を御参照いただこう。

〇津田沼⇒京成津田沼

〇幕張⇒京成幕張
※開業当時は別の位置にあり、その後、現在地に移転。

〇稲毛⇒京成稲毛

〇浜海岸⇒帝大工学部前⇒工学部前⇒黒砂⇒みどり台

〇千葉海岸⇒西登戸(にしのぶと)

〇国鉄千葉駅前⇒京成千葉

〇千葉⇒京成千葉⇒千葉中央
※開業当時は別の位置にあり、その後、現在地に移転。

「京成」と冠する駅名が多いのは、「全国的に同一の駅名がある場合は『京成』をつける」という1931年11月に定めた規約によるもの。浜海岸と千葉海岸は海岸沿いに建設されたが、埋め立てにより改称を余儀なくされた。

千葉線はかつて東京湾沿いにあり、沿線に海水浴場が点在していた。1960年代後半には夏季の臨時電車として、自社線内完結の急行〈しおかぜ〉〈汐風〉〈金波〉〈銀波〉〈くろしお〉、都営1号線(現・都営浅草線)直通の急行〈いそかぜ〉が運転されている。埋め立て後は宅地開発が進み、行楽路線から通勤路線に変わった。

きわめつけは国鉄千葉駅前。国鉄(現・JR東日本)千葉駅の移転に伴い、千葉線新千葉以東の高架化工事と並行して建設された。両隣が新千葉と当時の京成千葉(現・千葉中央)だったため、やむなく路線バスの停留所みたいな駅名に落ち着いたようである。

ところが1986年に国鉄の分割民営化が決まったことで、駅名改称を迫られる。京成電鉄は1987年4月1日(水曜日)に国鉄千葉駅前を京成千葉、隣の京成千葉を千葉中央にそれぞれ改称することで乗り切った。

「千産千消(ちさんちしょう)」スペシャルランチ

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豪華な昼食。
講演が終わると、11時というやや早い時間ながら昼食。千葉県産の食材をふんだんに使った「千産千消」スペシャルランチである。

白米(生姜の佃煮入り)、味噌汁(豆腐、長ネギ、金時草入り)に加え、下記の料理が提供された。

☆一の器(青磁ピンク)
白身魚の塩麴西京焼き、玉子焼き、鱧(はも)唐揚げ、蟹袱紗(かにふくさ)焼き、鰯胡麻(いわしごま)漬け、茄子味噌田楽、隠元唐揚げ、明太白滝、麦大根など。

☆二の器(サンドグラス)
鯵(あじ)のエスカベッシュ

☆三の器(丸鉢牡丹)
夏野菜の炊き合わせ

☆四の器(青磁ブルー)
マーガレットポークグリエ 生姜ソース

☆デザート(ソルベグラス)
季節のフルーツ添え

食事開始後、約15分にわたり歴代〈スカイライナー〉車両の初代AE形、AE100形出演のCMが放映されたほか、ローズルームの外では、物販や硬券に日付の刻印ができるダッチングマシーン体験が行なわれた。

開業100周年記念ヘッドマーク車両に乗る

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ラストコースは“なつかしの旅”へ。
シメは2代目3000形の開業100周年記念ヘッドマーク車両に乗車する。

隣の2番線に新京成電鉄8800形「新京成ピンクリボントレイン」が再び現れた直後、1番線に開業100周年記念ヘッドマーク車両が入線。ツアーの往路、復路とも、「新京成ピンクリボントレイン」がツアーに彩を添える恰好となった。

念のため、新京成電鉄に確認したところ、サプライズを仕掛けたのではなく、偶然だという。応対した広報も「すごい確率だなと思ってしまいました」と驚いていた。

12時27分に発車すると、京成津田沼まで1968年から1974年まで運転された快速の自動放送が流れる。停車駅名も当時の名称、「京成」抜きの通称で放送し、停車駅では運転停車(客扱いしない停車のこと)というかたちで一旦止まる。昭和生まれの私としてはなつかしく、優しいクラシック音楽のメロディーとカン高い女性の声が調和する。区間によってメロディーが延々流れるが、京成電鉄によると元祖BGM放送ではないという。

みのり台に到着しようとすると、運動部の高校生数人が各駅停車と勘違いし、急いで乗ろうとする。しかし、一旦停止しても乗降用ドアが開かず、すぐに発車されてしまう姿にガッカリ。日中の千葉線各駅停車は“待たずに乗れる”10分間隔だというのに、余裕がない様子だ。

京成津田沼発車後、「次は谷津遊園(現・谷津)」で締め、ぐんぐんスピードアップすると、1964年のCMソング『ぐんぐん京成』が流れる。まるで軍歌のような雰囲気で、TBSの『新・情報7daysニュースキャスター』ならネタになりそうな感じだ。

この曲がツアーの締めくくりとなり、12時49分、終点京成船橋に到着。3分後、高砂車庫に向けてあわただしく発車した。

コラム 新京成ピンクリボントレイン

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8800形「新京成ピンクリボントレイン」
新京成電鉄が公益財団法人日本対がん協会のピンクリボン運動の趣旨に賛同したことに伴い、2021年7月5日(月曜日)から10月上旬頃まで、8800形1編成、N800形1編成の車体にラッピングを施した「新京成ピンクリボントレイン」を運行している。

きっかけとなったのは、新京成電鉄のコーポレートカラー「ジェントルピンク」、ピンクリボン運動のイメージカラー「ピンク」が同色であることに着目したからだという。

なお、運行時間は日によって異なるほか、車両の運用により運行しない日もある。

【取材協力:京成電鉄、京成トラベルサービス、新京成電鉄】
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『Yahoo! セカンドライフ』(ヤフー刊)の選抜サポーターに抜擢され、2007年にライターデビュー。以降、フリーのレイルウェイ・ライターとして、...
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